もっともらしい否認

もっともらしい否認 (もっともらしいひにん : plausible deniability)とは、人々(往々にして指揮系統の上層のメンバー)が、自分が個人的に関与したか、少なくとも故意に盲目に関わった証拠がないために、組織階層内で他者によって行われた卑劣な行動についての知識または責任を否定すること。嫌疑をかける側が反証できないという確信があるため、違法だったり、評判が悪く不人気な行為が公になった場合、高官保身し、他の行為者に責任転嫁する。反対の証拠がないことは否定を妥当なものとし、すなわち信頼できるものにしたりするが、単に起訴を不可能にする場合もある。この語は通常、自分の(将来の)行動や知識に対する責任を体よく回避するべく意図的に状況を設定するなどの計画性を暗示する。一部の組織では、指揮責任などの法的原則が存在し、主な当事者に不正な行為に関与する部下の行動について責任を持たせ、関与の否定がもたらすであろう法的保護を無効にする。

政治諜報活動において、もっともらしい否認ができるということは、強力なプレーヤーや諜報機関が、主要なプレーヤーと表向き繋がりのない第三者に、彼らに代わって行為を実行させるように密かに計らうことによって、責任を転嫁して「ブローバック」(過去に自国の情報部によって外国に植えつけた偽情報の、情報源国への再循環から生じた誤情報が伝わること[1])を避けることができる能力を示す。政治活動では、もっともらしい否認により候補者は無傷に保たれ、非倫理的なアプローチを使ったり潜在的に抽象的な風刺を使う広告を非難することができる。

米国では、もっともらしい否認は法的概念である。 それは訴えの内容を証明する証拠の欠如を意味する。 証明の基準は民事事件と刑事事件で異なり、民事事件では、証明の基準は「証拠の優越」であり、刑事事件では、その基準は「合理的な疑いの排除」である。 異議申立て人がその主張の証拠を提供できない場合、たとえそれが真実であるとしても、被告はその主張をもっともらしく否定できる。

「もっともらしい否認」は歴史を通して存在してきたが、この語句は1960年代初頭に違法だったり、評判が悪く不人気なCIAの行為が公になった場合に高官が不利益を被るのを避けるために、彼らから情報を隠蔽する行為を描写するためにCIAによって造られた。この語句の由来は、1948年6月18日付けのトルーマン米国国家安全保障会議(NSC)政策文書10/2に端を発する。この文書は「隠密作戦」を「敵対的な外国の国家または団体に対して、あるいは友好的な外国の国家または団体を支援するように周到に計画され、実行されているため米国の関与は明らかではなく、例えそれが疑われても米国政府はもっともらしく否認ができるもの」とした。 [2] アイゼンハワー政権の間に 、NSC 10/2はより具体的なNSC 5412/2「隠密作戦」に組み込まれた。 [3] NSC 5412は1977年に分類が解除され、米国国立公文書館にある。[4]